〜そう!全てはヨメのパクチー好きから始まった〜
「そうだ!一度、お腹いっぱいパクチーを食べてみたいから、畑のすみっこでパクチーをつくって」
農業をやると決まった時、私は夫にこんなお願いをした。
当時の日本(2012年)では、まだパクチーがスーパーに並ぶことはなく、知ってる人も少ない状態だった。
カンボジア旅行中、熱中症になるたびにパクチーを食べては回復、パクチーを食べては回復を繰り返した私は、パクチーこそ私のソウルフードだと思っていた。

時は少しさかのぼり2012年5月。
結婚後も東京に住んでいた私はいよいよ地元神戸に戻るため、引っ越し作業に追われていた。
そんな中、東京を去る前にどうしても行っておきたい場所があった。
それは経堂にあった「パクチーハウス東京」だった。(惜しまれつつ2018年に閉店)
パクチーを心から愛する私は上京した際「東京にはパクチー専門店があるのか!さすが大都会、東京!」と胸を熱くしたのだった。
そして一度訪れパクチーを堪能したのだが、癖の強い食べ物ゆえ、その後なかなか行く仲間をみつけられず、東京を去る前にはなんとしてでも!と思っていた。
引っ越しの数日前、やっと時間がとれて夫と行くことに。
店内に入った瞬間漂う香り、全国から集まるパクチー好きのみなぎるパワーにうっとりする私。
そしてパクチーを片っ端からほうばり恍惚とした表情をする私に夫は、ただただ驚愕していた。
そこでオーナーの佐谷さんと出会った。
東京を去る前にどうしても訪問したくて来たこと、今後は神戸で農業を始めることなどを話した。
ハーブ農家を目指すと伝えると「神戸に帰ったらパクチーが足りていないので、ぜひパクチーをつくって欲しい。もし無農薬でパクチーができたら購入する」と言われた。
思いもよらない展開にびっくり!

まだ作ってもいない自分たちの作物を必要としてくれている、しかもパクチー!
「ぜひ!」と私が言おうとした瞬間
「神戸に帰ったら絶対作ります」
夫は即答しオーナーと熱い握手を交わしていた。
そしてパクチーは夏場は栽培が難しいこと、秋蒔きが一番生育が良いので、栽培するなら秋がおすすめであるといったことも教えてもらった。

農業を始める前には売り先が大切ということも頭の片隅にあった夫は「ぜひ!」と言ったのだったが、東京を去る前にパクチーを満喫!という一夜限りの私の願望が急に未来に繋がり、パクチーをほうばる私の目の前には黄金ならぬ、緑色の未来が輝いていた。
こうしてオーナー佐谷さんの熱い思いを受け取り、パクチーを作るという新たな目標を胸に東京を出発した、もりたんぼであった。
次回「パクチー沼にハマる」
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